「カイン。頼みがあるんだけど……あれ、取ってきてくれない？」
「ええーぼくが？」
「もともと、宝玉をあそこに落としたのはあなたでしょ。
それに、あなたの方が身が軽いし、引き上げる時に楽じゃない」
「でもなあ……」
「カイン、がんばってー」
ラディーまでリミイの味方についたようです。
「しかたないなあ。じゃあ、行ってくるよ」
足を縛られたカインが崖っぷちに立つと、一陣の風が足元を流れました。
遥か下方にある木の枝、さらにその下にある谷底が見えます。
焦点があうまで間があり、遠近感の狂いにクラクラしてきました。
「うー……すごく高い……恐いよー」
「いいから黙って飛びなさい。男の子でしょ！」
「わかったよー。えーい！」
カインは思い切って跳びました。
下から吹き付ける風を切り、落ちていきます。宝玉がぐんぐん迫ってきます。
カインは手を伸ばして……引っ込めました。タイミングがずれていたんです。
無理に取ろうとして失敗すれば、宝玉は谷底まで落ちてしまうでしょう。
カインはそのまま木の場所をやりすごしました。
ロープがピンと張り、引き戻されました。
今だ！
次の瞬間、カインは宝玉をつかんでいました。
「やったーーーー！ とーれーたーよーーー！」
叫びながら、カインの身体がびよんびよんと上下に揺れました。
崖の上のリミイは、音源が遠ざかる時と近づく時とでは音の高さが変わるんだな、と思いました。
（ドップラー効果）
やがて、カインは無事に崖の上に戻ってきました。
「やったよ。リミイお姉ちゃん。ほら、これが宝玉だよ」
「これ借りてっていいよね」
「もちろんだよ」
リミイはカインを抱き寄せて、頬に軽く唇をあてました。
「ありがとう、これでエルフの森に帰れるわ。２人ともありがとう」
リミイは立ち上げり、ふもとに顔を向けました。
「あれえ、お姉ちゃん、もう行っちゃうの」
「ごめんね。あなた達と遊んで行きたいんだけど、傷ついた森の木があたしをまってるの。
あたしはまたすぐに来るわ。この宝珠を返しにこなきゃいけないしね」
「じゃあ、大草原までいっしょにいこう」
３人はそろって歩きはじめました。
秋の風がやさしく頬を撫でました。